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三菱・パジェロ最後の夏に思う

2019年4月に700台限定で発売された「FINAL EDITION」と歴代のパリ・ダカパジェロ

文:宮島秀樹
写真:三菱自動車

三菱・パジェロ生産終了の衝撃

ついに、国内向け三菱・パジェロが2019年8月をもって生産を終了となった。海外向けモデルは継続中だが、同車の生産を行っているパジェロ製造の2021年上期閉鎖に伴い、こちらも生産終了となる。

三菱パジェロ、特に爆発的に売れた2代目(V系)は、私が会社員を辞め、四駆専門誌の編集というヤクザな稼業に携わることになった年(1991年)に発売されたモデルであり、個人的にも思い入れが深いクルマなので、この名車の最後に私なりの見解を述べてみたい。パジェロの消滅は、2018年にフルモデルチェンジを果たし50年以上生産され続けているスズキ・ジムニーがバックオーダーを抱えるほど好調なのとは、実に対照的だ。

では、同じ本格四駆を謳うパジェロとジムニーのこの差は何が原因なのか?もちろん、片や維持費の安い軽自動車であるということもあるだろう。しかし、パジェロにも軽モデルのパジェロミニがあり、こちらも大ヒットしたが、やはり消滅してしまった。こうしたジムニーとの差の答えは、多くの四駆ファンや自動車評論家がモノコックボディと四輪独懸の採用をもって「オフロード四駆としての思想を失ってしまったこと」と考えているようだ。そもそも、パジェロは、自衛隊用のミリタリーカー・三菱ジープを源流として生まれたSUVの元祖だ。

さて、ここで、本題に入る前に、日本におけるSUV の歴史をざっくり振り返っておこう。まず、ここでSUVという言葉の定義を確認しておきたい。SUV(Sports Utility Vehcle)は「スポーツ用多目的車」と訳されることが多く、日本ではオフロード四駆と乗用車のいいとこ取りをしたようなオフロード四駆スタイルの乗用車や高級車を指すような感じで曖昧な形で使われているが、元々はアメリカで使われていた自動車のカテゴリーを表す用語だ。主にシボレー・サバーバンやフォード・ブロンコなどピックアップトラックをベースにしたステーションワゴンを指す言葉であり、シボレー・C&Kシリーズやフォード・Fシリーズなどベースとなったトラックもこのカテゴリーに含まれる。注意しておきたいのがSUV=四駆ではないこと、アメリカのピックアップやSUVには2WDモデルもかなり多く、これらも含めてSUVに分類される。つまり、SUVはあくまでクルマの形態を指す言葉なのだ。パジェロのような四駆は、日本では以前RV(Recreational Vehicle、レクリエーショナル・ビークル、レジャー・ビークル)と呼ばれていた。このRVも、本来アメリカではキャンピングカーやモーターホームを指す言葉である。パジェロが登場するまで、日本では三菱・ジープをはじめ、トヨタ・ランドクルーザー40系(ランクル・ヨンマル)、日産・パトロール(サファリ)、スズキ・ジムニー、トヨタ・ハイラックス、三菱・フォルテなどの四駆があったが、それらは、土木・建築・防衛・消防・林業・インフラ整備などのための車両で、あくまでも実用車であり、快適性や居住性はあまり重視されていなかった。しかしアメリカでは、1970年代あたりから若者やファミリー中心に、そういったオフロード四駆でビーチや山に乗り入れてサーフィンやBBQを楽しむアウトドアレジャー文化が発展し始めており、快適性も考慮したジープ・グランドワゴニアなど高級SUVの元祖と呼べるモデルも既に登場していた。

 

アウトドア・RVブームを巻き起こした立役者


初代パジェロ(1982年〜)

こうしたアメリカのアウトドア文化は、雑誌などを通じて徐々に日本でも知られるようになり、それが、やがて1990年代の日本で空前のアウトドア・RVブームを巻き起こすことに繋がっていく。パジェロの登場まで、日本の四駆ユーザーの多くは、快適とはほど遠い三菱ジープやヨンマルを、国内で手に入るRVと見なして、少しでも快適になるようにカスタマイズしたり、やせ我慢したりして乗り続けている状況だった。それが、パジェロの登場で一変したのだ。

パジェロという名称が登場したのが、1973年の東京モーターショー。三菱・ジープをRVに見立てたコンセプトカー「ジープパジェロ」だ。このモデルは赤くて派手な車体色以外、外見やメカニズムはほとんど三菱・ジープのままであった。1979年の東京モーターショーで、RVの盛り上がりを確信した三菱は、「ジープパジェロ」のコンセプトをより一歩推し進めたコンセプトカー「パジェロⅡ」を出展。このコンセプトカーは、タルガトップのよりモダンなクローズドボディを備えた名実共のRVであった。「パジェロⅡ」は快適な四駆=RVを待望していたユーザーから大きな反響を呼び、1982年5月、初代パジェロ(型式からL系と呼ばれる)がついに市販車デビューを果たす。初代パジェロは、力強いローレンジを備えた副変速機と頑丈なラダーフレーム、そしてリア・リジッドサスペンションという本格四駆に必要とされる機能とメカニズムを備えた上、高いウェザープルーフ性や静粛性など乗用車並に快適な室内空間を実現していたのだ。初代パジェロの人気は発売当初こそイマイチだったが、バブル景気とアウトドアブームの空前の盛り上がりもあって、モデル末期まで右肩上がりに高まった。

初代パジェロのボディ下面。頑丈なラダーフレームがボディを支えている。

 

アウトドアブームとパリ・ダカが追い風。2代目で人気爆発


2代目パジェロ (1991年〜)

このパジェロ人気を決定付けたのが、1991年にデビューした2代目となるV40系パジェロだ。

2代目パジェロは、初代のコンセプトを更に洗練させたモデル。スーパーセレクト4WDと言われる先進の4WDシステム、すべての走行モードで作動するABS。大幅に改良されたエンジンなど、機能・メカニズム面はもちろん、スタイリング、内装も大幅に向上させた。空前のバブル景気とアウトドアブームということもあって、この2代目は爆発的に売れた。また、この2代目パジェロの人気とイメージを高めた要因として、パリ・ダカールラリーを忘れることはできないだろう。

パリ・ダカとしてお馴染みのこのラリーレイドは、アフリカ大陸を舞台とした長期間にわたる過酷な長距離オフロードレースで、当時は日本で特番が放送されるほどの人気レースであった。三菱はワークス体制でレース仕様パジェロを投入。参戦する度に総合優勝をはじめとする数々の輝かしい実績を残した。そして、このパリ・ダカのイメージをパジェロのセールスプロモーションに大いに活用したのだ。

その結果、パリ・ダカで大活躍するこのタフで快適なオフロード四駆はあの時代の人口に膾炙し、飛ぶように売れた。月間販売台数数は、大衆車の代名詞であったトヨタ・カローラを超えてトップを獲るほどまでになったのである。

果たして、このパリ・ダカへの参戦が、後のパジェロの開発に大きな影響を与える事になった。


1998年2月に発売されたパジェロエボリューション。パリ・ダカで得られた技術を集約し、ドライバーの意のままに走らせることができる優れた基本性能と、走ることを楽しみながら長距離ドライブをこなせる快適性を兼ね備えている。

 

モノコックと四輪独懸へ大変身

3代目パジェロ (1999年〜)

 

メカニズム面でも、販売面でもターニングポイントとなったモデルが、1999年に登場した3代目となるV60系だ。パジェロはこの3代目で、従来までの頑丈なラダーフレームの上にボディを載せた比較的オーソドックスなシャシー構造の四駆から、モノコックボディにラダーフレーム構造を組み込んだビルトイン・モノコックボディを採用。また、リアサスペンションもマルチリンク式の独立懸架となり、四輪独立懸架となったのだ。これで実質的には一般的な乗用車と変わらない構造の車となった。この変化には賛否両論が巻き起こり、ヘビーデューティーさを求める保守的なオフロード四駆派およびカスタムの自由度を求めるカスタム派からは大いに不興を買ってしまう結果になった。ボディがシャシー全体の剛性の要素となるモノコックボディは、オフロード走行で破損した場合にボディの修理も大変で、従来のように切ったり貼ったりして加工することが簡単に出来なくなってしまったからだ。また、独立懸架はハードなオフロードでは最低地上高が変化し、トラクション面でも不利なサス形式だ。何故、3代目はモノコックボディと四輪独立懸架を採用したのか?重いラダーフレームの上にマウントを介して載っかる不安定なボディの運動エネルギーの影響を排除して、軽量化やハンドリングと乗り心地の向上を図ったのだが、これまで日本の四駆市場に革新をもたらしてきたパジェロは、先代の大ヒットを背景に、四駆市場により大きな変革をもたらそうとしたのだろう。詳細は後述するが、そんな「野心」のベースとなったのがパリ・ダカだと筆者は感じている。

3代目パジェロのボディ下面。ビルトイン・モノコックボディを採用し、足まわりも一般的な乗用車と変わらない四輪独立懸架となった。

 

 

時代を先取りしたパジェロは最後までオフロード四駆だった

5年ほど前、筆者は、パリ・ダカの優勝ドライバーであり、パジェロの開発にも深く携わった増岡浩氏と3代目パジェロの開発エンジニアの方にインタビューする機会があった。その時、パリ・ダカマシンと市販パジェロの関係について尋ねたのだが、パリ・ダカで得られた知見は、エアクリーナーの形状やエンジンのオイルパンやオイルシールをはじめ、デフケースの構造やサスマウント部のボルトの太さなど、実に多岐にわたってフィードバックされていると聞いた。パリ・ダカマシンは単なるPR用のショーカーではなく、市販車のための本当のテストマシンでもあったのだ。

パリ・ダカールラリーでは1983年から2007年までの25年間に、パジェロは12度の総合優勝を果たしている。
写真は2002年総合優勝(増岡浩氏)

 

このインタビューの際、どうしても聞いておきたい質問をしてみた。

「何故3代目パジェロは、モノコックボディと四輪独立懸架を採用したのか?」。

モノコックボディについては、ボディ・オン・フレームの別体構造だと、ボディとフレームの間にマウントがあるおかげで、どうしても車高が高くなって隙間も空いてしまい、空力とボディ全体の剛性が低下してしまうとことを理由として挙げられた。わずか数㎝のことだが、こだわった結果だという。ただ、オフロード走行時に受ける局部的な衝撃に対応するために各部を補強した結果、当初の想定よりかなり重いボディになってしまったようである。

四輪独立懸架については、リアサスがリジッドだとオフロードにおける高速走行ではリアステアが発生してしまうという欠点があるので、様々な形式のサスを検討し喧々囂々の議論と多数のテストを重ねた結果、採用に至ったそうだ。

こうして開発者の話を聞いてみると、3代目パジェロは、パリ・ダカで勝てるマシンを愚直に追求し、大ヒットした2代目をも一新するような革新的な次世代四駆を目指した結果出来上がった、開発チームの野心と想いが詰まったクルマなのだと理解できた。しかし、プラットフォームの一新という莫大な手間と費用を費やしたこの3代目は、残念ながら、ユーザーが望んだ「パジェロ」ではなかったのだ…。

4代目パジェロ (2006年〜)

 

モノコックボディに四輪独立懸架の四駆、それは、まさしく今世界中で流行っているSUVそのものだ。3代目パジェロおよびそのプラットフォームを引き継いだ4代目パジェロは、今の世界的なSUVブームを先取りした画期的なモデルであることは間違いないと思う。歴史に「もし」はタブーだが、パジェロが、ポルシェ・カイエンやBMW・Xシリーズ、レンジローバーのような高級スポーティSUVとしてのステイタスを確立できていたら…と、つい思ってしまう。

ラダーフレームのシャシーもリジッドサスペンションも、現代のクルマにおいては古臭い技術とされ、一部のコアな四駆ファン以外には響かないのも事実だろう。多くのユーザーは最新の技術が最良の技術であると思い込みがちなのだ。そんなユーザーの志向にメーカーが迎合するのは仕方のないことだろうし、それを証明するかのように多くのメーカーが、モノコックボディで四輪独立懸架の背の高い乗用車をタフなSUVのイメージで売っている。しかし、パジェロのように、実戦の場で鍛え上げられたクルマは皆無であろう。約37年という長い歴史において毀誉褒貶あるのは承知だが、パジェロは最後まで本物のオフロード四駆であった。

それは断言できる。乗用車のプラットフォームを流用して濫造される今ドキのSUVとは決定的に生い立ちが違うクルマなのだ。現所有者の方はパジェロオーナーであることに誇りを持って、できるだけ長く乗り続けていただきたいと思う。